史跡紹介
【三井寺(園城寺)】数々の伝承に彩られた大寺院
探訪日:2016年3月20日
掲載日:2016年11月23日
閼伽井屋(重要文化財)
こちらも金堂と同じく再建された建物です。
慶長5年(1600年)に金堂の後に再建されました。
閼伽は、仏教において仏前などに供養される水のことで六種供養のひとつ。
内部には、天智・天武・持統の三天皇の産水となり、三井寺の名の起こりとなった湧泉が石組の間から湧きでています。
(現地説明板)
蟇股の龍は伝説の彫刻職人「左甚五郎」の作と言われています。
弁慶鐘(重要文化財)
この鐘は「瀬田の唐橋」で登場した「藤原秀郷」が、大ムカデ退治の褒美として龍神から貰い、それを寄進したといわれています。
その後、延暦寺と争った際に、武蔵坊弁慶が比叡山まで引摺り上げて鳴らしてみると「イノー(帰りたい)、イノー(帰りたい)」と響いたため、谷底へ突き落としたと言われています。
そのためこの鐘は「弁慶鐘」や「弁慶の引摺り鐘」と呼ばれるようになりました。
経蔵(重要文化財)
この寺院内で一番素晴らしい建造物と感じた八角形の「転輪蔵」が据えられています。
この経蔵は、もと山口県の国清寺にあったものを毛利輝元によって慶長7年(1602年)に移されたものといわれています。
(現地説明板)
輪蔵は八角八柱造り、八方に千鳥破風を作り、龕内に経論の守護である中国の人、傅大士を安置する。
(現地説明板)
三重塔(重要文化財)
重なりは三重だが、どっしりとした構えが立派な塔です。
大和国(奈良県)の比曽寺(現在の世尊寺)にあった東塔を慶長6年(1601年)に移したもので、大和地方における中世の塔の風格をもっており、鎌倉時代和様の様式を伝える南北朝時代頃の建築とされています。
(現地説明板)