読了本
司馬遼太郎が描く英雄「義経」の生涯
義経 上・下
日本人に馴染み深い義経。伝説的な逸話の数々は現代でも語り継がれています。
ただ、あまりにも英雄的な話が多いのでどこか浮世離れして感じました。
本書は「生身の義経」を描いており、どこか欠けているが一本気の姿が感じ取れました。
掲載日:2016年1月18日
あらすじ
鞍馬寺に預けられた義経は源家の復活を遂げるために寺を抜け出し、奥州藤原氏のもとへ向かいます。
一方、兄の頼朝は死罪に合いそうなところを、清盛の継母である池禅尼により伊豆への流刑に軽減され、その伊豆の豪族である北条氏と結びつきを持ちました。
そんな中、平氏が支配する世の中で少しずつ歪が生じてくる。
1180年に後白河法皇の息子である以仁王から平氏追討の令旨(皇太子が伝える命令)が発せられました。各地にいる源氏の生き残りがその令旨受け、立ち上がったのです。
これを境に源氏と平氏の戦いが再び始まりました。
まずは源義仲(通称 木曾義仲)が平氏を追い出し入京し、次いで頼朝の命で進軍した頼朝の異母弟の範頼、義経が義仲を倒し入京します。
その後は義経の活躍により、一ノ谷、屋島と戦いが続き、最後に壇ノ浦の戦いで勝利し、平氏は滅びます。
壇ノ浦後は義経に対して警戒心を強めた頼朝が、義経討伐の機会をうかがい、最後は奥州の地で藤原秀衡の息子 泰衡によって自害に追いやられました。
義経(上)新装版 [ 司馬遼太郎 ] |
義経(下)新装版 [ 司馬遼太郎 ] |
感想
本書は単純な義経英雄物語では無く、その時代の考え方や、登場人物の立場による思惑が垣間見え、非常に楽しめました。
登場人物それぞれの気持ちが理解出来るので、憎たらしいと思える人物まで感情移入してしまいます。
・義経について
初期の頃は、義経の堕落な感じが多く描かれていました。
奥州へ向かう途中に源氏の血が欲しい物達が娘を差し出してくるので、伽の相手をしたり、奥州では義経が肉欲に溺れていく様子も描かれており、英雄というより一人の人間として感じられました。
頼朝のほうがより世の中の動きに機敏で、源氏の棟梁であるという自覚を感じます。
伊豆にいながら常に京都の情報を取り入れるなど、平氏転覆を虎視眈々と狙っているのです。
本書での義経像は、政治力に欠け、常に兄頼朝からの信頼を得ようと戦で武功で立てるのですが、行う行動が逆に頼朝の警戒心を強める一方でした。
また、容姿は背が低く出っ歯と描かれています。
ただ、戦が上手く当時としては画期的な発想で連戦連勝を重ねます。
一ノ谷や屋島での奇襲作戦は相手が攻めて来ないと思った箇所を突くのが上手くいき、壇ノ浦では潮の流れを考えながら戦局を変える戦法など、勝つための方法を熟知している印象でした。
戦に関しては天才的で、政治に関しては阿呆という描かれ方でした。
義経についての見所は梶原景時との確執です。
頼朝の報告役である景時は義経の行動を悪く報告しているのです。
文章力のある景時は戦の様子などを巧みな表現で報告するのですが、頼朝への忠誠も忘れません。戦勝理由の報告も最後には「頼朝様のご威光があればこそ」と添えるあたりに、世渡り上手な面が見受けられます。
義経と景時は性格が真反対なので、戦の前から常に言い争いをしているのです。
鵯越の前に兵を二分することに異を唱えたり、屋島の戦いでは嵐の中で船を出すことで言い争い、危うく斬り合いになるところでした。
二人の関係で面白いのが、ことごとく義経が戦に勝利していくことです。
そのため景時は壇ノ浦の戦いで陣形を崩してでも我先にと敵陣へ切り込んだり、頼朝への報告に花を添えようと躍起になる姿がおかしく映ります。
我々は後世の義経人気を知っているのでどうしても義経に肩入れしてしまうのですが、本書を読み進めると、多くの人が景時の行動を理解出来ると思います。
景時自身は優秀な人材なので、鎌倉幕府では頼朝の右腕として活躍します。
ただ、義経の能力が不世出であり、最後は非業の死を遂げるので、物語にすると花があるのです。
・頼朝のイメージ
個人的には本書での頼朝の気持ちが理解出来たので、今までのイメージが一新されました。
仮にも鎌倉幕府を開いた人物なので、政治力や周辺の状況の理解力は凄まじいものを感じました。
武功を立てた者への恩賞の扱い方や、誰を褒め、誰を遠ざけるかを熟知していました。
義仲討伐の際にも、背後にいる奥州藤原氏が討伐中に攻めてこないかと考えたり、妻が北条政子なので、北条家の威光を気にしたり、神経をかなり尖らせていたと思います。
義経討伐のタイミングも常に討伐後の事も考えながら動いていました。
義経は朝廷から官位を授かり、さらに壇ノ浦の戦いで勝利したことで、京都の人気者となりました。
ただ討てば頼朝が朝敵となり、世間からの人気を下げてしまうのです。
そこは政治力を発揮し、後白河法皇から義経討伐の院宣(上皇が伝える命令)を得るのです。
戦での活躍が少ない事もあり、後世ではあまり人気が無いのが残念ですが、本書を読むと凄さがわかりました。
・行家の存在
行家は義経、頼朝の父である義朝の弟にあたり、二人にとって叔父になります。
叔父という立場を利用して何とか主導権を握ろうと躍起になる姿が細かに描かれていました。
最初に頼朝、次いで義仲、後白河法皇、義経へと擦り寄り、自らの存在を主張してきます。
近畿育ちで公卿文化にも明るく、また弁舌が立ちますが、戦が滅法下手で、一度も勝利に貢献していないと描かれていました。
義仲が平氏を京都から追い出し、後白河法皇と謁見する場面の描写は面白く感じました。
義仲と行家はどちらの立場が上なのかを朝廷に理解してもらうため、走らない程度の早さで歩きながらどちらが最初に謁見場にたどり着けるかを競い合うのです。
その二人を後白河法皇が笑いながら見ている場面はそれぞれの思惑がはっきり見てとれ、セリフが無くても記憶に残りました。
・それぞれの思惑
本書では源氏と平氏の違いに、一族の団結力を上げており、平氏の方が一族の繋がりが強く、源氏はそこが少し気薄になっていると描かれていました。
例えば義仲入京後、源氏が一丸となって中国地方、四国、九州に逃げた平氏追討すればいいだけの話ですが、結果は義仲討伐という源氏対源氏の戦いに発展するのです。
また、義経自身も奥州藤原氏との繋がりや、戦上手で京都での人気の高さから、頼朝に警戒され続けました。
結局は頼朝により義経討伐令で義経は自害をしてしまいます。
これも源氏対源氏です。
ただ、源氏の世を築くには、それもやむを得ないのです。
本書では源氏平氏による立場の違いや、官位身分による立場の違いまで、それぞれの思惑が細かく描かれているので、どの登場人物も血の通った人間だと感じられました。
読み始めの頃は義経の人間的な部分を感じてどこが英雄なのかと思ったのですが、読み終えるとやはり義経は不世出な存在なのだと改めさせられました。
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